茂木健一郎『生きて死ぬ私』

昨日まで旅行していた。旅先で、茂木健一郎の『生きて死ぬ私』を読んでいた。茂木健一郎をちゃんと読むのは、随分昔に読んだ『脳と仮想』以来だ。今回の本は、三十代の茂木が書いたエッセイだった。彼は、あまり手に取る気にならないような本も沢山出しているけど、やはり読みやすくて美しい文章を描く人だと思う。脳科学者としての評価はよく知らない。しかし、少なくとも、エッセイストとしての茂木は、私に楽しい読書の時間を提供してくれる。といいつつも、最近ラカンを読んでいることもあり、斎藤環との公開書簡の内容は気になっている。ラカン研究者としての斎藤はクオリアの存在を認めることができないと言う。この書簡に茂木がどのように返信したのか、暇があったら調べてみよう。(といってもこのところ大抵は暇してるんだけど)

8月10日の日記

英会話スクールに通うことにした。スパルタ教育らしい。二千数百年後の東アジアにまで名を残してるんだから古代ギリシアはすごいなぁ。

 

英語が嫌いだ。ドイツ語もフランス語も嫌いだ。哲学も嫌いだ。嫌だ嫌だと言いながら、なぜ勉強しようとしているのか自分でもよくわからない。多分ほかに楽しいことがないんだろう。牧場物語の新作を与えられたら大学に行かなくなると思う。

 

YOUTUBEロマサガ2の七英雄戦のプレイ動画を観賞した。ロマサガシリーズは「戦闘中に技を閃く」のが特徴だが、閃いた瞬間に得られる快感がすごい。ピコーン!という効果音と電球マークが出現し、キャラクターが新しい技を繰り出すのだ。防御技の「パリイ」だと多少がっかりするが、「強撃」はズドンと敵を切り裂く技で、名前からして強そうなのでうれしい。「乱れ雪月花」は名前からして最高なのでラスボス戦まで愛用するのが常だった。

 

プレイ動画では、パーティの五人全員が、その場で閃いた技のみでラスボスの七英雄を倒すというものだった。何を閃くのか予想がつかず、最後まで手に汗握る展開だった。しかし、そのあとコッペリア(かわいいお人形さん)一人で七英雄を倒すというすごい動画を見つけてしまったので、しばらくロマサガ2の動画観賞はいいやと思いました。あれよりすごいのあったら教えてください。

福原泰平『 ラカン――鏡像段階:現代思想の冒険者たちSelect』(2017/8/9更新)

 斎藤環『生き延びるためのラカン』の方が初学者向きだとは聞いていたが、「現代思想の冒険者たち」シリーズで最も評判の良いこの本から手をつけることにした。

 

「語ることは畢竟、目の前の個々人に向けられた行為ではなく、日本語なら日本語といった語りえぬ何ものかに捧げられたわれわれの究極的な行為である。(略)語りえぬものはわれわれの無為な生活の中に、どこにでも口を出し、口を開けて待っている。それはなんらかわりばえもしない、空虚で飽き飽きしたがらくた同然のわれわれの日常生活以上の何ものでもないからである」(4頁)

 

序文からいい感じ。キーワード解説に目を通してみたけど、今いち用語の整理が追いついていない。一読して理解が追いつかないようだったら斎藤環をはさんで読み直します。

自己紹介 (2017/8/9更新)

このブログは、小説の投稿、読書メモに使ったりしようと思います。

「母」(2015/11/28)

 洗濯をするため洗面所に入った女は、開け放してあった小窓から、見知らぬ男が何か黒い鈍器で隣人を殴る瞬間を目撃した。隣人は倒れ、頭部を中心として血だまりを作り始めた。男と目が合った瞬間、女は、瞬時に悟った。男はこの家に押し入るだろう。

 振り返ると、廊下には、あどけなく首をかしげてこちらを見る我が子がいた。この子を守らなければならない。母は強く思った。玄関から入って廊下を右に曲がると、すぐに洗面所がある。すみやかに子供を避難させなければならない。どこに。外に出れば侵入者と鉢合わせるだろう。二階に隠れてやり過ごすしかない。向かい合う我が子の右側に、二階へと続く階段がある。判断に迷う間もなく、近くから、小枝の折れる音がした。母は即座に子を手招きした。子は無邪気な様子で母に歩み寄った。ほぼ同時に、荒々しく玄関の戸の開かれる音がした。母子は硬直した。

 次の瞬間、先ほどの男が現れた。黒いシャツを羽織り、ジーンズを穿いた色黒の男だった。玄関から入ってすぐの正面に、沢山の衣類を入れた籠を置いていた。明日のバザーに出すつもりで用意しておいたものだ。男はまっすぐその籠へ近寄ると、中を物色し始めた。

 すぐ右側に、立ち尽くす母子が居る位置で、男はうず高く積まれた衣類をひっぱりだしたり、広げたりし始めた。ビーズの刺繍の施された、赤や黄色や緑色の衣服が、男の周囲を彩った。女は混乱した。近い距離に居るにも関わらず、依然として、男がこちらに気付いていない様子だったからだ。明らかに盲目ではないのに。それに、何故、雑然と積まれた安物の衣類に、関心を示しているのだろうか。ただちに室内を見て回り、住人や金品の有無を確認するのが自然であろう。そもそも、この男が我が家に押し入ったのは、つい先ほど、自分と目が合ったからだ。今、男は籠を漁っているが、底まで調べ終えた暁には、必ず目線はかち合うだろう。

 先手を打つべきかもしれない。穏やかに声をかけよう。それらの衣類は元々要らないものだから、すべて持っていってもらって構わない。そう伝えれば、穏便に事が進むかもしれない。女は、子供に目配せで合図をした。子供は、速やかに、洗面所の戸棚の陰に隠れた。前方に目線を戻す。男は相変わらず衣類を物色していた。

 

「あの」

 

 意を決し、女は声をかけた。その声の、か細く、震えていることに、自分で驚いた。男は、はっとした様子で、女に顔を向けた。再び目が合った。女は、男の瞳の、驚くほど黒いことに初めて気が付いた。白目は、黄色く濁っていた。次の瞬間、男は立ち上がり、右手を後ろにやった。ジーンズの尻ポケットに差し込まれた銃器に手をまわしているのだと、女は確信した。すぐにその予想は正答となった。前に戻された男の手には、黒光りした拳銃が握られていた。

 その黒い拳銃を目にした瞬間、女の時間は、一気に速度を落としはじめた。男は女に銃口を向けたが、その動作の遅さといったら、信じられないほどだった。長い時間待った末、ついに女は銃口を見た。黒い穴は、まっすぐ自分に向かっていた。時は止まっているのに近かったため、女は長い時間、銃口を見つめていた。このまま、永遠に時を止めていることすら可能だった。しかし、やるべきことは既に決まっていたので、女は時を動かさねばならなかった。男が洗面所に足を踏み入れないようにすることが、女の使命だった。

 

「やめてください」

 

左足を踏み出す、という指令を出したはずなのに、脚はほとんど動かなかった。軽く痙攣しただけだった。男は黙ったまま女を見つめ、全く表情を変えなかった。女は、今度こそ、大きく右足を踏み出した。どうか、この男が、息子を見つけませんように。

 

 次の瞬間、視界が真っ暗になって、目が覚めた。いつものベッドの上だった。死は、夢のなかでさえ、体験させてもらえなかった。2015年11月28日の夢。

テーマ「口論」(2017/05/04)

 

 街の喫茶店で時間を潰していた。彼女から待ち合わせに遅刻する旨の連絡が入っていたからだ。交差点に面した二階の窓際だったので、外の景色がよく見えた。秋口の日暮れどきで、辺りは灰色がかって見えた。加えて、先ほどから雨粒が窓ガラスを叩きはじめていた。準備の良い人ばかりで、あっという間に色とりどりの傘が咲いた。

 

 この喫茶店には初めて来た。古めかしい内装ではあるものの、品の良い調度品が置かれ、清掃は行き届いており、珈琲も美味かった。僕のいる席からは、真向いの壁に飾ってある絵画がよく見えた。晴天下の海が描かれた油絵だ。大してみるところのない絵のように思えたが、しばらく眺めるうちに、「この海は広すぎて、逃げ場がないだろう」と思うようになった。何故このような印象を受けるのか、自分でも不思議だった。

 

 窓の外や絵画をぼんやりと眺めていたところ、彼女から着信が入った。急に仕事が入り、何時に職場を出ることができるかわからない、申し訳ないが今日の約束はキャンセルしてほしい、と早口で言われた。そんなことを言われても僕はもう職場近くの喫茶店にいるし、既に結構待っている。このまま帰るのは癪だから、君の仕事が終わるまで待つつもりだ、どこかで軽く食事でもして帰ろう、と提案した。ほんとうに何時になるかわからないので困る、と彼女は困惑した様子だったが、頑としてはねのけた。何度も似たようなやりとりを続けていくうち、不毛だと判断したのか、彼女は殆ど黙り込むようになった。仕事が終わったら連絡してほしい、と伝えて電話を切った。

 

 こんなことなら本の一冊でも持ってくればよかった、と心の中でひとりごちる。再びぼんやり過ごしていると、不意に眠気が襲ってきた。珈琲に口をつけて目を覚まそうとしたが、気を抜くと瞼が落ちてくる。しばらく攻防を続けたが、いつの間にか瞼は閉じ、僕は空と地平の隙間に入り込んでいた。

 

 北イタリアのスクロヴェーニ礼拝堂はラピスラズリ・ブルーで有名だが、今僕がいる場所はそれどころではなかった。真っ青なうねりが見渡す限り広がり、ありえないほど大きな瑠璃の原石の上に立っているようだった。乳白色の細い帯により天地が分けられ、空は青白磁の底に溜まった釉薬のように深い青みを帯びていた。

 しばらく呆然として立ちすくんでいたが、恐る恐る、足を踏み出した。海面がぐにゃりと揺れ、足裏がぴたりと水面に張り付いた。生まれて初めて二足歩行する赤子のように、たどたどしく歩を進めた。時折、こんもりと海面が盛り上がって、ふわりと僕の身体を浮き上がらせた。かと思うと、足場はすぐに高さを失い、その度に僕はバランスを崩して転倒した。倒れた僕の後方から波がやってきて、視界を覆った。波は太陽と僕の間を遮る透明な壁となったが、海面に叩きつけられる瞬間に飛沫を生んで、真っ白な光を放った。この閃光のような波飛沫に出会うたび、目が眩んで意識が遠のいた。しかし、しばらくすると僕は立ち上がり再び歩き出すのだった。この定期的な運動は延々と繰り返され、そのうちに平衡感覚は失われた。同時に僕の思考は霞がかったようになり、閃光と瑠璃色によって交互に支配された。一連の動作の後に仰向けで倒れていると、喉頭に何か冷たく凝り固まったようなものを感じた。氷のように溶けてなくなってしまわないかと暫く様子を見ていたのだが、だんだん呼吸が苦しくなってきた。耐えきれなくなり、上体を起こして嘔吐した。吐き出したのは淡い緑色の固形物で、何かの鉱石のように思えた。

 僕は立ち上がり、今度は背中を風に押されるようにして歩き出した。海風は陸へ向かうのだから、この判断は正しいはずだった。相変わらず波は足元を不安定にしていたが、バランスを崩して転倒することはなくなった。地平の境にあっても、世界は然るべき秩序のもとで動き続けており、僕はそのリズムに適応したようだった。太陽は圧倒的な熱量で、じりじりと僕を焼き続けた。喉が渇いていたし、後頭部も酷く痛むが、海上に避難場所はなかった。陸を目指し、ひたすら歩いた。プリズムが視界の四方に現れ、瞬いては消えた。いつの間にか僕は駆け出していた。世界は白くなり、地平線も飲み込まれた。上下左右がわからなくなり、そのうち自分が今駆けているのか、泳いでいるのか、漂っているのすらかもわからなくなった。ついには自分の手足がどこにあるのかもわからなくなってしまったが、このままでは海底の暗いところに沈んでしまうと思い、無我夢中で身体を動かし続けた。すると突然、後ろからものすごく大きな波がやってきて、あらゆる全てを覆ってしまった。

 

 瞼を開けたとき、外は真っ暗になっていた。雨は依然として降り続けていたようで、すっかり溶けたネオンが、窓ガラスに張り付いている。冷めきった珈琲を一口啜った。テーブルの上に置かれた携帯の通知ランプが、緑色に点灯している。確認すると、彼女からのメッセージが入っており、仕事が終ったので今からそちらに向かう、という内容だった。随分待ったような気がするのは、うたた寝の間に不可思議な夢を見たからだろう。何の気なしに向かいの壁に目をやった。何もなかった。

 

テーマ小説「時間の流れ」(2017/2/11)

「終わっていくんですねえ」

老婆はぽつりと呟いた。

「はい。終わっていきます」

数分ののち老婆は一瞬で分解され、装置の上は無人となった。老婆は終わってしまったのだけれど、少し経ったあと装置の裏からハツカネズミが姿を現した。プラスチック製ビーズのような黒い瞳は蛍光灯を反射しながら移動し、物陰に入ったのち、見えなくなった。

さて、今日の仕事は終わった。老婆は終わったがハツカネズミが始まった。

 少子高齢化は悪化の一途を辿り、社会には新しい倫理が必要になった。老人は終わらなければならなかった。しかし、生きたいと願う者を安楽死させることはできない。まして、姥捨て山のような野蛮な風習に立ち戻ることなどできるはずがなかった。そこで人類が新しい倫理として採用したのは、輪廻転生だった。

 身体がろくに動かなくなった老人、病苦のある老人、身寄りのない老人たちが、この施設にやってくる。彼らは説明を受け署名をし、待合席で待機する。しばらくすると名前を呼ばれ、係の者に連れられカーペットの敷かれた長い廊下を歩く。係の者はある地点で身体の向きをくるりと変え、重厚な木製のドアを大きく開く。部屋の中心には巨大な装置が置かれている。その手前にぼくが立っていて、老人を迎え入れるのだった。

 さて、ぼくは白衣を着ているが、老人の誘導と簡単な機器操作を職務とする労働者だ。応接ソファに腰掛けた老人に、温かい飲み物を与える。そして、これから起きる出来事についてあなたは何も恐れることはないのだということを説明する。老人は頷く。ぼくは老人を装置の中央へ誘導する。老人は装置の上で所在無げに佇む。ぼくは適当なタイミングを見計らってボタンを押下する。

 すると、装置はすごい勢いで老人を分解し、あっという間に別の生物へと組み替えてくれる。例えば、猫、サル、鳥、虫、などが装置上に現れる。そうしたら、ドアを開けて放っておく。そのうち生物は部屋からいなくなる。どこへ消えたのかは知らない。ぼくの仕事は老人の誘導とボタンの押下だけだから、その後の行方など知ったことではない。だけど、魚が出てきたときは、流石のぼくでも多少の人情を発揮した。床でピチピチ跳ねている魚を両手で抱えて、施設の裏手にある小川まで運んでやったのだ。その間すれ違った何人もぼくを咎めることはしなかった。だから、また魚が現れた時には同じことをするつもりだ。

 ところで、最近は別の倫理が強くなってきているのだという。不死というやつだ。
不死は金がかかるし、基準はかなり厳しい。社会的地位があり、裕福で、才能のある人間でないと不死を得ることはできない。不死界隈の彼らは、ぼくらのやっていることは非倫理的だという。装置の上で消えた老人とその瞬間現れた生物が本当に同一の存在なのか、確かめようがないのだから、ぼくらのやっていることは単なる殺人だと主張している。ぼくは研究者でないので本当のところはわからない。毎日ボタンを押下している例の装置は、ぼくにとっては完全なブラック・ボックスだ。

 仕事終わりのコーヒーを啜っていると、再びドアがノックされた。案内係に招かれ、初老の男が入ってきた。細身の体躯にぴったりと寸法の合ったスーツを着込み、洒脱な印象を与える男だった。男は僕に向かって会釈すると、応接ソファに腰かけた。何か飲むかと尋ねると、何も要らないと言った。少し茶色がかった銀髪はよく梳かされており、朱色の頬は赤ん坊のようだった。

「お仕事中ですか」

「終わったばかりです」

ぼくはコーヒーを啜りながら答えた。

「また殺しましたか。不死があるじゃないですか」

「庶民には不死をやる金がないんです」

特に話したいこともなかったので、部屋の隅に目をやった。ハツカネズミが仰向けで転がっているのを見つけた。

「あれは、さっき装置でやったばあさんです」

仰向けのネズミを指さして言った。

「死んでいますね」

男は少し上擦った声を発し、僕を睨みつけた。睨まれている間、僕もまた彼の眼を凝視した。彼の透き通った青い瞳は、そこらにありふれたガラス玉のようだった。見つめ合ったまま、沈黙は数分続いた。彼は、また来ます、と吐き捨てるように言い残して部屋を出て行った。ぼくは飲み終わったコーヒーを片づけると、部屋の隅まで歩き、ハツカネズミの亡骸を拾い上げた。異様な軽さだった。

 ハツカネズミを掌に載せたまま、施設の裏手にある小川へ向かった。街灯がないため、月明かりを頼りにして、草叢に覆われんばかりの小径を通った。途中、どこかからさざ波の音が聴こえた。思わず、顔を上げて辺りを見回す。なぜ今の今まで気が付かなかったのだろう、小道の脇には真っ白なユリが大量に咲き誇っていたのだった。その存在に気が付いた途端、むせかえるように濃密な甘い匂いが鼻腔に充満した。つまり、五感というものは所詮まやかしなのだった。

 小川の畔に到着すると、肉厚で丈夫そうなユリの葉を何枚かちぎり、うろ覚えの知識で舟を作った。出来上がった葉舟は思いのほかしっかりした出来栄えとなった。これにハツカネズミの亡骸を載せ、そっと小川へ流した。さて、ハツカネズミはどこまで行けるだろうか。葉舟はローヌ川を下り、地中海まで流れ着くだろう。ハツカネズミは、ジブラルタル海峡を越えて、北大西洋へ向かうことができる。カナリア海流から北赤道海流に乗り換えることができれば、ハイチへ行くことすらできる。このルートは、1502年5月11日、150人の乗員を乗せたカラヴェル船4隻を率いて北アフリカ西方のカナリア諸島へ向かったコロンブスによる4度目の航海と同じである。

 仄かな月明かりを頼りに、ハツカネズミの亡骸が鎮座する葉舟を目で追った。頼りない様子で葉舟は流され、じきに見えなくなった。